2011年2月28日月曜日

自炊ができない

紙の本をスキャナーで読み取り、自分で電子書籍化することを「自炊」と呼ぶらしい。
なぜ自炊と呼ばれるのかわからないが、この行為に適切な表現が無いから、ネットの中で自然とそうなったのだろう。

大学時代、工業所有権法を専攻していた関係なのか、そもそも自炊については、本当に私的利用の範囲に収まるものかを考えてしまう。

ただ、それはそれとして、積み重なる妻の書籍に対し、私的(=自分的)に、自炊が最適な手段であることは間違いなく、準備のためにネットで情報を集めることにした。

検索するだけで、本の裁断からスキャニングまで事細やかなサイトや、代行業者まで無数に出てくる。裁断機と高速スキャナーは2種の神器として、かなりの値段だが、ほぼ組み合わせで売られている。

※裁断機

そしてやはり、同時に、自炊業者や自炊行為に対する違法性を表するものも多く、著作権に関する問題を再認識することとなった。

結論から述べると、私は自炊をやめておく。
決め手となったのは、自炊そのものではなく、調べている中でたどり着いた、先月の「まねきTV事件」の最高裁判決からだ。
ご存知の方も多いだろうが、まねきTV事件とは、「テレビ放送番組を録画して送信する機器を預かって、ビジネスを行う永野商店の行為」に対して、NHKと民放5社が著作権侵害として訴訟を起したものだ。
海外で日本の放送を見たいというニーズから生まれたと聞いているが、本人の録画機器を預かっているとはいえ、録画コンテンツをインターネットを経由し明らかに再配布している時点で、このビジネス自体は好きになれず、関心は薄かった。

しかし、これに紐づいてでた判決は恐ろしい。
判決によれば、
「当該装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者」は、著作権を侵害する者だそうだ。

この判決を巡っては、様々な議論がすでに行われている。
私が考えるきっかけをくれた「池田信夫氏」の記事は、ポイントを突いている。
MobileMeもDropboxも違法である (http://agora-web.jp/archives/1257832.html)
をぜひ参照願いたい。

要はとにかく、「他人の著作物を、形はどうあれ、インターネットで送信することはすべて違法」となるということだ。
しかも、最高裁判決は媒体をテレビ放送番組と特定していない。

自炊でできあがるのは、リーダー専用ではない、PC上でも閲覧可能な通常のPDFファイルだ。
このファイルを、私的利用のため、他人からアクセスできないインターネット上のフォルダにUPするのはもちろんアウト。恐らく、メールで自分宛に送ってもアウト。自分でなく、家族がウィルス等に感染して行っても、ルータが送信機器だから私もアウト。インターネットへ送信したらとにかくアウトなのである。

範囲が広すぎる。
そして、最高裁の判決である限り、現著作権法を改正する以外に、対応する方法がない。このままでは、誰もが皆、いずれは著作権侵害者となる。

実際問題、そんなことになるのかわからないし、自炊PDFまで波及するのかも不明だが、このような状況を考えて、自炊を行うのはやめることにしたのだ。

それにしても、どう考えても、このような判例ができてしまったことは、めぐり巡って、著作者のメリットにもなるとも思えない。
流行りではないが、フェイスブックを活用し、著作権者を巻き込んだシュプレヒコールを起こし、大きなうねりとして、法改正へと持っていけないものだろうか。。

少し話しがそれてしまったが、自炊は他人の著作物を、インターネットで再配布可能な形式にする行為だ。面倒だし、コストも時間もかかる上、危険だ。

防止のためには、自炊するよりも良いリーダー向けコンテンツを、著作者、出版社が、改めて充実させ、適正価格(裁断やスキャンするより安く)で販売すれば済む。
読者と出版社、著作者が直接繋がるだろう電子書籍の仕組みなら必ずできるはずだ。

早期の実現を期待したい。

ともかく私は、せっかくリーダーがあるのに、妻の本を片付けられないことに困っているのだ。

2011年2月24日木曜日

翻訳と意訳

先週末、映画「ソーシャル・ネットワーク」をようやく見た。

リーダーで、書籍「フェイスブック若き天才の野望」を読んでいたのだが、400ページほど読み進めた頃(私のリーダでは全1171ページになる)に、全然印象に残らない本だと感じ始めた。
内容がどうこうという問題ではなく、感覚的に読みにくく、伝わりにくい。

そこで直感的にフェイスブックを感じてみたいと、映画を見ることにしたのだ。
映画を見るのは実に久しぶりである。


映画「ソーシャル・ネットワーク」では、恐ろしいほどの早口なザッカーバーグのセリフが、次々と意訳され、字幕に出てくる。

映像がある上、私は比較的この手のIT用語にも強いから、そのまま伝わってきた。
それにしても、内容を理解し、字幕翻訳を行った松浦美奈氏、すばらしい。

映画自体も実に面白い作品であった。

その後、リーダーで書籍をまた読み進めると、今度はかったるくなってきた。
そもそも、比べてはならない翻訳と意訳の違いなのだが、要はここに、読みにくさと伝わりにくさがあることは間違いない。

書籍の一文でセリフ部分の例を挙げる。
--
~そしてその目標に向かってきみたちを動かそうとするぞ。なるほどポストはベンチャーキャピタルのようなネットワークも持っていない。しかしわれわれはきみたちに~
--
なるほど、ほげほげだ。しかし、なになにだ。
こんな話し方をする人が本当にいるだろうか?

いわんや日本人をや。である。

正確な翻訳なのかもしれないが、意訳してほしいものだ。
筆者の意図と若干異なってもそうしたほうが楽しいし、読みやすい。

せっかくの電子書籍なのだから、海外の書籍は原文はそのままに、日本人(語)向けの作品として、複数訳の作品として、展開してみたらどうだろうか。

翻訳ではなく、意訳「戸田奈津子」となっていれば、その書籍を購入する人は飛躍的に増えるだろう。

2011年2月16日水曜日

ジャパネットたかたを立ち読み

リーダーで、立ち読み機能を良く使う。
Reader Storeにアクセスし、気になる本のサンプルをダウンロードするだけなので、私のリーダーには、数々のサンプルが入っている。

しかし、残念なことに、これらのサンプルはすぐれているとは言えない。
本屋で立ち読みをするときは、表紙を見て、目次を見て、パラパラと全体をすばやく流し読みをするだろう。
ところが大抵のリーダーのサンプルは、目次と最初の一章(節)ぐらいしか読むことができない。表紙に帯も無いから、結局、目次とその一節で、購入するかを判断することになる。

つい先日、「ジャパネットからなぜ買いたくなるのか?」という書籍が販売された。
仕事がら、販売に繋がる様々なマーケティング手法を勉強しているのだが、Facebook等ソーシャルメディアに気を取られ、日本最強のテレビショッピングの存在を忘れていた。

即サンプルをダウンロードし、ページを送る。
面白い。初めてサンプルで惹かれた。

最初の一節では、会議で使う高機能ICレコーダを瞬時に4万台売った話が載っている。
--
性能を説明せずに、
「『何時に帰る』とか『冷蔵庫にアイスクリームが入っているよ』など、お子さんへ伝言を残したいとき、これを使ったらいかがですか」
とアピールしたんです。
--
新たな顧客層を見つけ、その購買意欲を引き出す素晴らしい提案。
相手に伝える、相手の利益を考えるという大原則が分かっていても、ここまで具体的に簡単にできるものではない。

そして、この本の著者(荻島央江氏)の腕。
「ジャパネットはマーケティングのセオリー通り」と称し、本の「はじめに」の段階でそれを説明。そこに興味を持つ(私のような)人間のために、具体的な上記の例を最初の一節に持ってきている。

実に勉強になる。
リーダーのサンプルにも最適だし、このように引き寄せれば、マーケティングは成功だ。
1,400円。納得し、購入してしまった。

今は、電車の中スティーブジョブスとザッカーバーグと高田の3冊を行き来している。
読み比べながら読み進めるのは、実に楽しい。
リーダーのような電子書籍ならではの読書スタイルが、私なりに確立しつつある。

2011年2月14日月曜日

フェイスブックが教える歴史

エジプト政権が崩壊した。
チュニジアから事を発した民主化運動(と本当に言って良いのかわからないが)が、独裁政権を打ち砕く。

フェイスブックがその起爆剤となったのは、紛れもない事実。
ザッカーバーグは、自身が作ったアプリケーションサービスがここまでの破壊力を持っているとまで思っていただろうか。

「フェイスブック若き天才の野望」を、今読んでいる。
ちなみに、本屋では1,800円だが、リーダーストアでは1,500円だ。
内容は、面白いといえば面白いのだが、彼がどのような思いでここまでの発展をどう遂げていくのかという、要は他人が書いた自書本だ。

それよりも私は、フェイスブックが関与した、今回のような歴史に興味がいってしまう。

私は1つのアプリケーションサービスが国を変える瞬間を見た。
どんな強国が、どんな武力を使っても、成しえないことが、あっさりと実現したのだ。
衝撃を受けないだろうか?

2ちゃんで書いても、ツイッターでつぶやいても、ダメだろう。
ザッカーバーグが述べているように、フェイスブックが実名主義で、「現実世界での知り合いとの交流を深め、スムーズにするためのツール」であったからこそ、現実の人間を動かす結果をもたらしたのだ。

恐ろしくもあり、嬉しくもある。
インターネットでの情報の自由な発信と共有は本来このように使われるべきなのだ。

良い本があり、これは私が好きだからリーダーでも読んでいる。
「教科書が教えない歴史」シリーズだ。
今のところ21冊。126円という価格から、思わず買ってしまう。
日本とアメリカの関係から、台湾、朝鮮に関するもの、東京裁判など様々な我が国の歴史を知らない事実と共に教えてくれる。


そして、思う。この時代にフェイスブックがあったなら。。
今と違う日本国があるに違いない。
書物は「フェイスブックが教える歴史」となっていただろう。

2011年2月9日水曜日

青空文庫で修行

気づかなかったのだが、リーダーストアで、名作・古典や、日本文学作品がすべて無料で購読できるようになっていた。
http://ebookstore.sony.jp/genre/list_text/1500/
約2,000冊だ。
「本コンテンツは日本国内におけるパブリックドメインです。」とあり、芥川龍之介、太宰治、夏目漱石、宮沢賢治といった、誰もが知る著者の作品を、本当に無料で読むことができる。
青空文庫万歳。
そういえば、中学生ぐらいから日本文学作品を読んでいない。
夏休みの宿題として、ずいぶん読書感想文を書いた記憶があるが、恥ずかしながら内容は全く覚えていない。
今なら、どういう感想を持つのだろうか。
早速リーダーに一冊入れてみた。
選んだ一冊は、「吾輩は猫である」夏目漱石である。

うむ。
ページをめくると、数行で、考えさせられた。
 --
 吾輩は猫である。名前はまだない。
 どこで生まれたかとんと検討がつかぬ。
 ~吾輩はここで始めて人間というものを見た。
 ~それは書生という人間の中で一番獰悪な種族であったそうだ。
 --
とんと=すっかり、書生=勉強してる人、獰悪=凶悪。
である。
私にはとても使えない言葉ばかりだ。

普段、プレゼンや説明資料を作っているときは、いかにわかりやすい文言や、簡単な言葉を使うかを考えている。
これはこれで、重要なことなのだが、結果として、小学生が使う単語と、深い意味の持たぬ横文字で形成されてしまうことも多い。
言葉や漢字そのものが持つ意味を、読者に引き出させようとしている文学作品とは正反対だ。

今後の表現の仕方について考えてしまった。

難しいかもしれないが、二つの表現手法をうまく組み合わせ、分かり易く、深い日本語を用いて、美しいドキュメントを作成していきたいと思う。

2011年2月8日火曜日

42円という法外な値段

電子書籍共通のメリットなのだが、雑誌であれば、記事単位で購入を行うことができる。
現在リーダーストアでも、「AERA」と「週刊朝日」が発売の約1週間後から記事単位で特集を購入できるようになっている。
私は、この手の雑誌はあまり読まないのだが、ふと雑誌とリーダーでの記事を比べてみたくなり、そのためだけに買ってみた。

雑誌は週刊朝日 2月11日号(350円)を。
電子記事は、その中の「中東で吹き荒れるソーシャルメディア革命(42円)」を買ってみた。

結果としては、ひどく後悔している。
こういった記事の購入に、リーダー、もしくは電子書籍の仕組み自体合っていないのではないかと思ってしまった。

まずは何よりも42円という法外な料金だ。
雑誌は、全144ページで、350円。その中での上記の特集はわずか2ページ。
普通なら、350円*2/144の値段で、5円ぐらいが妥当なはず。
更に一週間遅れの雑誌なら、その半額の2円ぐらいで十分ではなかろうか。

※「週刊朝日2/11号P.28-29より」
そして、リーダーでの残念なレイアウト表示が後悔に拍車をかける。
雑誌記事は、開いて目に飛び込む紙面でのインパクトが、重要な要素になっていることを痛感した。文字からイメージを沸かせるものではないのだろう。

雑誌の中で、ふと目をやると確認できる右上の地図も、リーダーではご覧のとおり。ページから外れる。
文庫本1ページ分の表現しかできないリーダーには、このような記事の表示は向いてない。と断言できる。

いずれにせよ、雑誌記事はこのままでは二度と購入しないだろう。
42円の価値を持つよう、リーダー向けに最適化してもらいたいものである。

2011年2月7日月曜日

その気になれる自分出版

リーダーでは自分の持つPDFファイルを閲覧することができる。
書籍を購入するのと同様に、USBでPCと接続し、「eBook Transfer for Reader」から転送すればよい。
転送されたファイルは、リーダーに最適化されて保存されているようだ。
そこで、自分の本もどきを、リーダーで表示してみようと思った。
とりあえず、PPTで表紙だけ作ってみる。

次にPDFに変換し、転送する。
するとどうだろう。それだけで設定したタイトルがそのままタイトルに、作成者がそのまま著者名になっている。

当たり前なのかもしれないが、なんだかその気になる。
リーダーで表示してみると、この通り。

中身はまるで無いし、形だけなのだが、名だたる著者と並んでいる様は、うれしいものだ。
私は仕事上、数々の文章を作っていくことになる。
どうせなら、このように書籍として残せるように考えて作っていこう。
ネットにあふれる書きなぐったコンテンツではなく。
まずは文章の腕を磨き、XMDFで作れるようにしておきたいと思う。
http://special.nikkeibp.co.jp/ts/article/a00i/106510/p1-2.html

2011年2月4日金曜日

ブックカバーに愛着を

これが悩ましい。
リーダーのブックカバーである。私は純正のこれを使っている。http://www.sony.jp/reader/lineup/acc.html
リーダー本体を保護せねばと思い、購入したのだが、これはブックカバーとは言えないだろう。

機能的には、上下の出っ張りでリーダーを挟むことができ、簡単に取り付けられる。
磁石が入っているのか、閉じようとすると、パタンとリーダーにくっつく優れものである。
ただ、とにかく風情がないのだ。
パソコンカバーじゃないのだから、何とかならないものか。

リーダーを好む人は、私も含めてそうだろうが、どんなにITしていようが結構アナログ好きである。
そこで、市販のブックカバーを更に被せることにした。
ぴったりだ。すばらしい。そしてかわいい。

ついでに、書き物も挟んだ。リーダーにメモの機能も、検索機能ももちろんあるのだが、私はたぶん、これでもメモを取ってしまうだろう。

はがきサイズが収めるには良さそうなので、近い内にリーダーにぴったり合うような手帳とメモを探してみようと思う。

2011年2月3日木曜日

ページはめくらない

リーダーは本を読むものだ。
じっくり読もうと思うと、楽に読み進められるポジションを考えたくなる。

リーダーもiPadのようにタッチパネルでページを進められるが、その操作感は良いものではない。ページをめくっている感じにならないのだ。

改めて本だと思ってみる。
縦書きの文庫本だと、左手で軽く本を曲げ、親指で紙面を離すという感覚で、ページを送っている。
そう、つまり、めくってない。
リーダーでもそれに近いポジションを取ってみた。
これだ。

このポジションでは、タッチパネルは使わない。左下に<>ボタンだがあるので、これでページを送る。
縦書きなら左へ、横書きの本なら右へ。
左手だけで電車の中でも実に快適。

リーダーではページをめくってはならない。送るのだ。

本が読みたい

私は、仕事上いつもコンピュータの画面を見てるから、iPhoneやiPad、Galapagosなどで、これ以上まぶしい画面を見るのがつらい。
「本」を読みたいと思ったとき、「本のように読める」リーダーは、最近のスマートデバイスとは異なり、私の味方だ。
悩んだ末、文庫本サイズのPocket Edition/5型を購入した。本当に文庫本と同じ大きさである。
電子ペーパーは、実際にみると本当に文字が紙に印字されたようで、美しい。
これからが楽しみだ。
購入サイトのReader Storeや、Pocket Editionの使い勝手、周辺アクセサリー、読書感想文も合わせて、これから記事を書いていこうと思う。

電子書籍リーダー Pocket Edition